書籍・雑誌

なつかしく、落胆しつつも感嘆する

右のほうにある「町工場・・・」の著者・小関さんは元旋盤工で作家。
まちこうば、というのは、
私たちの日常生活にはあまり入ってこない分野。
だけど、今でも日本の技術を支える大切な存在。

昔、機械メーカーにいたとき、
お客さんである工場向けのPR誌を作っていた時期があり、
小関さんにはしばらく原稿を書いていただいていました。
何度かお宅や職場にもうかがって、
いくつかの工場を訪問し、いく人かの技術者にお会いして。

機械メーカーに勤めていながら、
旋盤やらボール盤やらといった機械を身近で見たこともなく、
もちろん触ったこともなく、
こういう町工場はまったく別世界だったのだけど、
そして、ある意味、
偏見のようなものもなかったとはいえないのだけど、
人の体に蓄積されたマイクロ単位の技というものに驚き、
それを可能とするヒトという生き物に感嘆しました。
もちろん、
目の前にいるそれを実際にやってのけてしまう人を尊敬し、
現場というものの大切さ、かけがえのなさを実感しました。

その一方で、いまでも、
なんだかふわりふわりと実体なく仕事をしているような自分がいて、
 いや、仕事はそうでも、実生活では家庭という現場にいるのだ、
とか思っても見るけれど、
身についた 技 に勝るものは持ち合わせていないと落胆します。

だから、というのかわからないけれど、
小関さんの本を本屋や図書館で見つけると、
とても読みたくなります。
難しくないです。いろいろな方に読んでもらいたいです。

私が携わっていた雑誌に掲載された文章も入っていて、
なんだか懐かしいなぁという本の紹介でした。

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推理小説は“ためにならない”

推理小説というものは、どんな風に“ためになる”のかなぁと思います。

おもしろいから、ためにならなくてもよい

のかもしれないけれど、
なんか総合評価はマイナスのような気がする。

読んで、自分も推理力が高まるとか、実際に何かを解決するとか
そんなプラス面が、私の場合ないので、
おもしろい、というだけで、
仕事で目が疲れているのに、帰りの電車で読みふけってしまったり、
朝方まで読んでしまったりで、超体調悪くなったり、目がしょぼしょぼになったり。
正直、いいことないです。

だからあまり手に取らないのだけど、
ときどき読み始めてしまうのよね。
チームバチスタくらいの長さならいいんだけど、
火車はやばかった。
3時半、もちろんAM、になってしまって・・・
最悪。

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いまさらの修行

ディケンズ 大いなる遺産 新潮文庫 山西英一訳 昭和26年発行

池澤夏樹の文学通なメルマガに、
よく出てくるこの大作家。
昔から外国文学が苦手だったのは、
あの翻訳の言い回しのせいなのだけど、
今回もいい年してずいぶん苦労しました。

ああいう日本語訳も英語を知っていれば、
知らないよりは苦痛は少ないということが、やや分かった。
日本語として理解しようとすると、非常に難解。
英語の直訳として考えれば、またなんとか分かるような気がする。

外国文学を若いころから読み解ける人というのは、
理解力がものすごく高いか、
英語や外国の言葉に、少なくとも当時の私よりもずっと精通しているかだろうと、
今回感じた次第。

で、今頃なぜディケンズなのかと言うと、
あまり読んでこなかった外国文学を
この際だから読んでおこうと思ったわけ。
そういう文学通に、ちょっとばかりあこがれもあり・・・。

そして現実は、何度も投げそうになりつつ、ようやく上巻を読み終えた。
下巻を買う前に別の本を読んでしまっているけど、
さて、そろそろ下巻を買いましょうか。
かなり修行な気分。

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避難勧告、無視

危なかった。道1本向こうの、
娘のお友達の家の前の電線に落雷。
確かにものすごい音が響いて、
雷が好きな私が、飛び上がった。

例のごとく夜中までPCで仕事をしていた私。
このままPCがだめになったら・・・
あの原稿はチェックに出しているから
メーラーには残っていて、最悪確認先に戻してもらう、
あのデータも、確かだれだれに送ったから大丈夫、
あの原稿はまだ確認していないけれど、
再送してもらおうと、
眠気の覚めた頭でブワーと考えて、
まだ終わっていない仕事のファイルを閉じ、急いで電源を落とす。
電化製品違い、電源オフまで時間がかかる。
もう少し、もう少しでオフになると思ったその瞬間、
バンッ!と一斉停電。
やられた。。。。

もう寝るしかない。確認は朝だ。
仕事のデータはさっき考えたし、
デジカメデータなどについはもう考えても始まらない。
寝よ寝よ、と思ったけれど、雷雨がひどくてすぐには寝付けず、
子ども達もその大音響に目を覚まし、
息子のベッドでうとうとしながら朝を迎えた。

PCはおかげさまで無事。
落雷で落ちたのではなく、
落雷で起きた停電で落ちたので、助かったと思われる。
娘の友達の家周辺はテレビが全滅したそうだし。
危なかった。

と、実家からメール。
我が家のある住所に避難勧告が出ていたとテレビで言っていたと。
すぐ近くの川から水がひたひた溢れていたらしい。
テレビって全国版だよね。そんなに大変だったの?

2階で寝ていたからたぶん大丈夫だったと思う、
とか答えたけれど、知らないってこわいね。
近所の人に聞いても知らなかったと。
消防団の人の話だと、誰一人避難場所に来なかったそうな。

なにせ午前2時ころだよ。
テレビなんかつけてないし、
落雷でテレビが壊れた家だってあったんだから。
地域のラジオ局の放送は悲しいかな、よく入らない。
パソコンはこわくて立ち上げられない。
地域に流れる放送も、あの雷雨では聞こえない。

まあ、本当にやばいときには、消防団とか、消防署とかが
カンカンならして触れ回ってくれるのだと思うけど。
あっ、うちは自治会の防犯委員だけど、寝ててよかったわけ?

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同世代かも。この人。

メキシコ人はなぜはげないし、死なないのか 明川哲也 文春文庫

なぜか本屋で迷わず買ってしまった。
いつもは読みたいと思う本がなかなか見つからないのだけど。
あの厚さ、あの値段なのに、なんで買ってしまったのか。
このタイトル、きたかも。

別に頭髪を気にしているわけでもなく、
メキシコ人は不死なのか、とか思ってしまったわけで、
ぜんぜんトンチンカンな私。
読んでみたら、これが小説で、
テーマはかなり深いのだけど、それでいてファンタジーで、
一生懸命読んでしまいましたが、
書きたいことを全部文章にしているという感じですな。
だから長い。
簡潔に書こうなんて、これっぽっちも思っていない。
それが特徴といえばそれまで。
でも、悪い本ではないかな。

救われないな。救われないのが現実だな。
なんかな、元気な人には響くかもな。
元気じゃなくて、直面している人には、
響かないだろうな。

まあ、面白く読みきったけど、買うことはないかも。
そうそう、あのねずみ、誰だったかなあと思ったら、
にゃんこ先生だ。

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関西弁の独り言

■よむらくご--新こてん落語集  小佐田定雄 弘文社
■浮世の画家 カズオ イシグロ中央公論社 s63/2/25

ちりとてちん に刺激を受けて
よむらくご 読んでみました。
寄席に行きたいなあ。
行ったことない。

笑点 でさえ、じっくり聞いたことないのに。
大喜利 はよく見てたけど。
上方落語というのはもっと縁がない。

子どもの頃、長く住んでたのに、
まったく関西弁がしゃべれない私は
一人だと、結構関西弁をしゃべる。

それは、子どもの頃に住んでいた地域のものなのか、
あとからテレビなどで聞いたものなのか、
まったくわからないので、
人前では一切話せない。

それでも、
バリバリ奈良弁の昔の映画では、
意味が取れたという経験があり、
ヒアリングはできるみたいだ。

海外赴任者関係の団体の人の話で、
帰国子女も小学校低学年までに帰国してしまうと、
よほど、国内でも英語環境を整えないと、
ほとんどしゃべれなくなってしまうのだそうだ。

かといって、国内で英語環境を整えておくと、
日本語や日本の友達関係がうまかいかず、
適合しにくくなるらしい。

私は関東に適合したということや。
そして、一人で関西弁をしゃべくる。
独り言がうるさいタイプである。
しかも、落語口調に影響された関西弁。

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ヒトはこんなにも多様である

ねこは青、子ネコは黄緑 共感覚者が自ら語る不思議な世界
パトリシア・リン・ダフィー/石田理恵 訳 早川書房

こういう感覚をもっている人の話は
なんとなく聞いたことがあったけれど、
人間は同じ、とかいっても、やっぱりいろいろだね。
といいますか、
いろいろで当たり前、という感じではありますが。

理解されなくて苦しんで・・・
ということは、いろいろな場面であるとは思うけど、
やはりこれはものすごい宝物だと思います。
能力として。

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記憶の彼方のキーウエスト

フラグラーの海上鉄道 野中ともそ 集英社2002/4

20年以上前に行ったキーウエスト。
いつもぼーっとしているので、
グラスボートに乗ったこと、
猫がうようよしているヘミングウェイのうちで階段を上り下りしたこと、
2ベッドのモーテルで、誰が一人で寝るかケンカしたこと、
 3人でした。
 日本のシングルよりずっと広いベッドとはいえ、
 エキストラ、頼めって。

そんなことはよく覚えているのに、
地図を片手に動いたわりには
詳細をちっとも覚えていない。

グレイハウンドのバスの先頭に座って
セブンマイルウェイを走ったこと。

それらの記憶をすこしずつ引き出したのがこの本。
フラグラーの海上鉄道のこと、
確かに、ハイウェイと並行する道のようなものを
見たような気がするけど、
当時、そのことについて友人と話したかどうかも、
定かではない。

旅にしても本にしても、
一度だとどうもはっきりしないことが多くて、
再訪したいという思いが付きまとう。

ただ、再訪したとして、
観光客向けの地域ではない
人々の暮らす地域に入っていけるかどうかというと、
それはなかなか難しく、
こういう本に登場する人々のことを
とてもとても羨ましく思ってしまう。

私ももっと奔放な、怖いもの知らずな人であったならば、
どんな違う人生があったのだろうと・・・
いまよりいいとは限らないけれど。
そして、私のボーっとして生きてきた人生も
きっと楽しいものだったのだとは思うのだけど。

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本2冊

長時間通勤から開放されたがために
睡眠は取れなくなり、
本もちょっとずつしか進まない。

それでも結構読んでいて、
非常に目が疲れる。
夏休みみたいに1週間くらい
本もパソコンも新聞さえも読まない期間を作らないと
この眼精疲労は抜けないのかもなぁ。


この闇と光 服部まゆみ 角川書店

この人の本はまたたま手に取ったものだけど、
予想外の面白かったので今回も読んでみました。
前回の本よりもこちらのほうがもっと
おもしろかった。
意外性のある展開。
最近の仰々しいトリックを弄するミステリーよりも
私にはこういうほうが面白い。

蝉しぐれ 藤沢周平 文春文庫
テレビを先に見てしまったので、
イメージが頭の中に既に形成されてしまっている。
わたしの知らない江戸時代の風景を
より具体的に思い浮かべることができるのはよいことだが、
それが本当に正しいのか、
正しいとしても、それは私の思い描くものではなく、て
借り物のような気がして
ちょっと冷めた読み方になってしまう。
しかたないか。

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仕事探し

スローキャリア 高橋 俊介

さて、仕事の話。
巷の求人情報を見ると、事務系の仕事は時給800円とかです。
派遣だと1000円を超える時給は結構あるのだけど、
いまさら派遣というのはどうかと踏み切れず・・・。
しかも派遣はフルタイムが多い。
フルタイムは望まないのだ。
もともとフリーランスの人である。
フルでなくても充実した働き方があることを知っている。
子どもとのこともある。
フルタイムは今は避けたい。
しかし、企業はそうは考えない。
フルにいてくれるほうが圧倒的に給料がよい。
例え4日で済む仕事であっても、だ。

一方で、ハローワークに事務職の求人票を
時給1000円で出しても
なかなか人が採れないという話もある。

まず、パートを希望する人には、
時給1000円では週3日くらいしか働けない。
扶養を外れちゃうから。
ハローワークはしっかり働きたい人が行くところだ。
たぶん。

働かなきゃ食べていけない人は
時給1000円ではかなりプアなことになります。

私は、と言うと、
できれば週3~4日で、5時には上がれて、
その上、扶養内でなくてもいい(たくさんもらいたい)、
なんて、都合のいいことを考える。
ないない。
時給1600円の派遣のお仕事、
週3日か、4日にしてくれないかな。

そういうことは現実的ではないので、
しかも、仕事を選べる立場でもなく、
なにより、
時給で仕事を決めるというのは、本来的ではない。

内容的にも体力的にも
続けられる仕事、続けたいと思う仕事。

発想は逆だけど、新しいことができると思えば
収入は下がっても、キャリアチェンジもいい。
と、1000円の仕事に応募中。
どんな仕事なのかは、来週聞きにいってきます。
近場で、これまでのスキルは活かせそうで、
時間もフルタイムではない。

これがだめなら、近所にお気に入りの食品雑貨店。
物販なんてやったことないけれど、
関連ない業界にいたわけではない。
消費者の立場で関われる
ちょっと興味のある分野で面白いお店。

1000円と時給は同じだけど、こちらはまさにキャリアチェンジ。
実はこっちのほうが、本当の私には合っていたりして・・・。
楽しそう。

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分かったようでわかっていない

希望の国のエクソダス 村上龍

前回はずいぶん"わかった!"みたいなこと書いちゃって
照れます。
ぜんぜん分かっていません。
衝撃を受けました。分かっていないという衝撃を。
それが分かっただけ、子どもを尊敬できるのではないかと
一瞬考えただけのだけど、
結局、毎日ガミガミ母をやっています。
分かってない、です。

さて、エクソダス。
話題の本を何十年も遅れて読むのが私流。
いえ、単なる波に乗れない奴です。

規範がないなかで、どうやって判断し、セーブするか。
すごく逸脱してモラル的にまずいことする人たちも
結構出るだろうなぁ。
それも一時期の小さな流れとして、
いずれは収まるところに収まるというのか。
ぽんちゃんのような、とてもまともにものを考えられる
とても賢い子が軸にいたからよかったけれど、
国も文化もすべて崩壊ってな可能性も十分にある。
けれど、それだけスーパーマン的な人材がでてこないと、
日本は変われない、ということだろうな。

スーパーマンは既成概念に多かれ少なかれ縛られている大人ではなく、
子どもでしかありえない、
ということなのだな。

子どもの可能性か。
子どもに任せること自体、怖いのだ、大人は。私は。
だけど、果たして大人なら何でもできるのか。
大人は何でも分かっているのか。
ぜんぜんそうではない。
子どもはすごいのだ。
子どもの可能性というものを信じて任せる。
そういうでかい大人にならなければ
ミクロ的にも、マクロ的にもだめなのだ。

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ハゲタカ

企業買収、MBO・・・
新聞、テレビを賑わせておりますね。
ほりえもんのときは、なんとなく見ていたという感じだったけど、
ハゲタカ読んでから、ちょっと見方が変わりました。

マイクロソフトとYAHOO!の提携かあ。
両者が望む部分もあるのだろうけど、
間で儲けようとしている輩がどのくらいいて、
彼らの意向がどのくらい強いのか。
そういうことは、確かに一般の新聞には書いていない。

日本の近代史を背負ってきたような鉄鋼会社が
インドの企業に買収されそうだと。
そういうときに、アメリカはどんな茶々を入れてきているのか。
インドと日本の話じゃ、関係ないよとそ知らぬ顔なのか、
巡り巡って、驚くところに影響が及ぶと考えられ、
その結果、ホワイトハウスから総理官邸になにやら指示が飛んでいるのか。

私は背景をぜんぜん知らないから、判断しようもなく、
今回の場合はそんなこと全然ないのかもしれないけれど、
すごい世界だよなあ、と嘆息。

単純に、すごい人たちだなあという驚き以上に、
人間て、頭よくなって、いろいろ策略組んで
発展してきたけれど、
人間同士でこれだけ騙し合って、ばかし合って、
それで世界が回っているなんて、
市井で生きる私には、信じがたいと同時に、
何のために人は生きているのか、
何のために人間は進化してきたのか、
きっと、滅びるためなんだろうなと、感じてしまう。

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いい夫婦ってのは、努力だぁ

河野多恵子 秘事 新潮社2000年

この著者も、新聞のコラムをやっている人なので、手にとってみました。
私よりずっと年配の、ずっと小説を書いてきた女性が、
どういう小説を書いているのか、興味はありましたし、
書名とのイメージのギャップもありましたし。
これ「ひじ」と読むんですね。
この書名、へんなトラバがついてしまいそうなので、ちょっと心配です。

淡々とした夫婦の日常を、心模様を背景に書いているのですが、
なぜだか、眠くならずに、どんどん読んでしまいました。
小説というのは、こういうものなのだろうけど、
私はこの手の小説はあまり縁がなく、新鮮ではありました。
が、それでも眠くならなかったのはなぜでしょうか。

内容的にいいますと、非常に、それこそ耳の痛いこと。
「気持ちのいいやつ」である妻、麻子。
ちゃんと返事しなかったり、すぐむっとしてしまう私にとって。

いい夫婦なんて、それぞれの努力以外にはありえないんだよね。
私はすごく甘えているのだよね。
まあ、それで何とかなっているのだけれども。
いつまでも、なんとかなるものなのか、どうか・・・。

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アミターバ

アミターバ―――無量光明

「・・お父さんを構成してた量子が全部地球上、いや、宇宙にはあるわけだから、それがふとしたことでまとまって・・・」

亡くなった方が現れる。そういうことがあっても不思議はないと思うけど、
こういうふうに説明されると、物理的にもあるかもしれないと、思わないでもない。
いや、ふとしたことで集まっても、以前見えていた形として見せるのは、
不可能であろうと思う。けれど、そこに見る側の意識があれば、
つながっちゃうのかな。

それにしても、質量保存の法則、だっけ。
こういうところに使うと、おもしろい。
人は焼かれて灰になっても、量子レベルでどこかに存在するのか。
そうならば、天国とか、異次元空間とかわからないけれど、
同じ瞬間、違う世界が並立存在していても不思議はない。

不思議はないといいながら、不思議で面白いなぁ。
このお坊さん。

「1グラムの物体が消える。そして熱エネルギーに変わったとすると、十の十四乗ジュールという熱利用が生まれるらしい。二十三万八千トン以上の水が瞬時に沸騰する熱量だというのだった。・・・」

「なんでもできますわなあ。
死んでから、誰かに会いに来るなんてことも・・・」

「大部分のエネルギーは使われずに残るんだろうと思うんですよ。その分が阿弥陀さんと呼ばれる力に集約されるんじゃないですかねえ。それこそ膨大なエネルギーが、いわゆるアミターバと呼ばれる浄土を現出しているのかもしれないですよね。」

昔、人は土葬され、火葬よりも時間をかけて消滅していったけど、
火葬になってからは、猛烈な勢いで、消滅エネルギーは貯まっていっているのでは。
火葬は世の中を変えたかもしれないねぇ。
どんなところに影響が出たんだろうか。

いや、ここでは肉体の消滅を言っているのではなかった。
魂の消滅だった。でなければ、亡くなったその時間に、
挨拶にきてくれた、なんてことは説明できない。

魂って何グラムあるのか。書いてあったかな。
明日図書館に返却なのに。

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目が悪くなってきた~

周期的に目がしょぼいことが、数年来続いていて、
婦人系の漢方飲んだり、目にいいというサプリ飲んだり
それなりに効き目はあったけど、全快とは行かない。

にもかかわらず、
最近仕事が立て込んで、またまた寝不足のヒヒ、
いや違った、寝不足の日々。違わない?
その上、睡眠時間確保の通勤電車でしっかり読書。
目がしょぼしょぼ~なのに、やめられない、寝られない。

もともと視力は2.0の疲れやすい目。
ちょっと早いかなあと思いながらも、去年、
かるーい?人生経験が長くなってきた人用のめがねを作った。
辛い時期だけでも、とたまにしか使わなかったのに、
最近手放せなくなってきた。やばい。本格的老人。

「ハゲタカ」真山 仁 講談社 (2006/3/15)
こういう頭のいい人、回転が早い人、先の先まで読める人
いるんだよなあ。いい悪い別として、なってみたい。

「アミターバ」無量光明 玄侑宗久 新潮社(2003/4/25)
なんか逝ってしまうのもいいなって思わせるね。
前向きな意味で。
こんなもんじゃないだろう、とも思うし、きっとこんなもんだ、とも思う。
すごいこと書いていそうで、実は乙女チックな御伽噺なのかも。

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偽りの大化改新

偽りの大化改新 講談社現代新書 中村修也著

ロマンだなー
歴史はロマンだよ。
中学くらいまでは、こういうことがやりたいと思っていたように思う。

高校に行くちょっと前に受けた、
将来何やりたい、とかいう質問に対して、そんなこと話したら、
「考古学ってやりたいという人多いけど、
古墳を掘ったりして、地道な仕事しかないんだよねー」
といったようなことを言われ、
「仕事として何をするのか」という現実にそのとき初めて向き合った私は、
歴史を勉強して何ができるのかということに思い至らず、
あっさり興味を失ってしまったのでした。

学校の記憶力が頼りの勉強には限界を感じていて、
「額田王」はじめ、歴史小説を読んでは、
ああ、歴史はロマンだよ、
遠い古の時代のできごとを、
こんなふうにいろいろ想像できたら楽しいなぁ、と
単純に思っていた私だったのに、
記憶力の悪い私には歴史は無理と、
簡単にあきらめてしまったのでした。

さらに言えば、
こつこつこつこつ何かをするのは好きではあるのだけど、
発掘作業などは、不器用でがさつな私には、
絶対にできるはずもない作業で、
これはダメ押しになりました。

あんなことを言った人間は、
確か私より年下の物知り顔した男の子で、
今になって思えば、
結局何にもわかっていなかったのではないか。

人のせいにしてはいけないな。
まあ、たぶん、自分の人生に対する私の判断はあっていたと思う。
でも、久しぶりに歴史のロマン、
ではないな、歴史に携わる人のロマンを感じました。

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本に集中することと読書を楽しむこと

深き心の底より 小川洋子
黙市 津島佑子

「深き心の底より」に、津島佑子の名前があったので
中身も分からずに読んでみたのが黙市(だんまりいち)。
津島佑子が太宰の娘だということさえ、
カバー裏の著者紹介を読むまで知らない無知な私。

だがしかし・・・
一人で子供を育てるいらいらした母親像に
自分を重ねて(注・うちにはちゃんとした夫がいるのだが)
こういう母親の子供は傷つきながら成長するのだろうな。
うちの子も潜在的な心の傷をたくさんもっていて、
それが今後どう表出してくるのか・・・
などと不安に陥ったりしていたのだ。

その上、主人公がその母に対してとるひどい態度、
これがまた、私が母に対してとっていた態度とダブってしまって
母はよくこの私に付き合ってきてくれているなぁ、
えらいなぁ。それほどに私は子供を許していないなぁ、
子供の私への言動に対して、すぐカッとしてしまう、
アー、だめな親だと、
気付くと本から心が離れてもやもやしてしまい、
何度も読むのをやめようかと思ったのだ。

この本の主張とは違うところで何度も引っ掛かってしまったのだ。

そんな主人公の母親も、娘が連れてきた猫を飼い、
両親がいさかいし別れた経緯を目にしている娘に
これ以上の苦しみを与えたくないと、
猫の病気にも最後までつきあった。
この最後の文章で少し救われた気がした。

こういう心の動きがいろいろでてくるところが
読書の醍醐味なんだと思う。
面白い本で、一気に読んでしまっても、
自分の心の中が動くことがない本はたくさんある。
疲れたけど、本に集中したとはいえないけれど、
こういう本もちゃんと読んでいきたいよ。
もう少し、本来この本がいいたいところ、肝心なところから
心が動くとよいのだが、
私の場合、そんな力はないようだ。はぁ

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古代日本史

先日NHKでやっていた番組、見逃したのでこれを買ってみようと思う。
偽りの大化改新"

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懐かしき「わかる算数」

文化としての数学 遠山啓 光文社文庫2006

むかしむかーし、小学生の頃、
母がどこからか入手してきた算数の本
当時としては珍しいA4版の
やけに薄い1年から5年まで5冊しかない
渋めの色違いのその本の名は
「わかる算数」

小学校時代、今と違って全体的にのんびりしていた時代、
私が親から与えられた勉強はこれだけだった。
学校に行っていればいい時代。
古きよき時代。

字は小さいのだけど、分量は少なく、
勉強になったのかどうか今では覚えていないけれど
その著者が遠山啓氏だったことは覚えていた。

小3くらいから卒業まで
机の正面の棚に立ててあったから、
何度も目にしていたのだろう。

その懐かしい名前を見つけて買ってみた。
フェルマーの最終定理や博士の愛した数式みたいに
簡単ではない。理解できないところも多い。
これを読むと、やはり数学は哲学だったということを思い知らされる。

私が好きな数学は、単なる数あわせであって、
本当の数学は、私には理解できない、崇高なものだった。
そのことはずいぶん前に気付いていたはずなのに、
すっかり忘れて、数学好きを気取っていた自分が恥ずかしくなった。

「ハブロフの伝記をよむと、青年時代にロシアの唯物論哲学者の影響を受けて生理学に志すところがあるが、このことはロシアの中で科学と哲学とが深く結びついていたことを物語っているといえよう。ところで、わが国のばあい、科学者で日本の哲学者の影響で科学に志した人が何人いるだろうか。」(以上、抜粋)

日本の、数学嫌いを生みやすい教育方法に異を唱えた人の
小学生向け算数の本を読んでいた私が
好きなのは日本式の数学だった・・・
あまのじゃくな私。皮肉な話。

以下は防備録。ハハーと思ったところ。あくまで算数的に。

分数とは何か。
4÷7は7分の4であることを簡単に説明する。

「7分の4の定義は7分の1を4つ集めたもの、すなわち
  1÷7×4
であるが、これが結局4÷7、つまり
  1×4÷7
であることを簡単明瞭に証明するということなのである。
つまり、÷7と×4は入れかえてよい、ということである。」

「1を正方形、つまりタイルで表し、それを4個ならべて、4」
「それを重ねて7等分すればよい。つまり4÷7である。
 これを図で見ると7分の1が4個になっているから、定義によって7分の4になるわけである。」

図を書くともっと分かりやすい。
ここを読んで分からなくなったら、図を書いてみること。

この考え方から、
「分数で割る」ということを簡単に説明できないかと
ずっーと考えているのだけれど、
どう考えても、「分数で割る」というのは便宜上の話で、
数式で考えれば分かるのだけど、
タイルやりんごに当てはめると説明しきれない。
この話はまた今度。

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そろそろしっかりした本が読みたい

放課後 東野圭吾 講談社文庫1988

たくさん書いているこの作家のデビュー作だそうだ。
この前読んだ、森なんとかという作家の作品に比べれば
ずっとおもしろい。破綻が少ない。
すごいなと思える。満足。
最近人が死ぬ本ばかり読んでいるので、
少々食傷気味になってきたけど、
一気に読んでしまった。

一気に読める本ばかり読んでいると、
今度は、
ただ読んでいるだけで何も残らないような気がしてきて、
・・・大半が残らないものなのではあろうけど、
じっくり読める本を探すことになる。

ところが、じっくり読める本というのを
探すのが大変で、
難しすぎてもだめだし、
本屋で眺めていても、なかなか手に取れない。
読みたい本を見つけられずに、
しばらくはビジネス書だの
フリーペーパーだのの活字に埋もれるのです。

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ダンスダンスダンス

ダンスダンスダンス 村上春樹 講談社文庫2004

よく分からない世界に馴れてきて、居心地がよくなってきた。
この本は読みやすく、不安感もなく、
現実にはないけれど、心の中にはありそうな世界だなと思った。
若い頃の私なら、そうは思わなかったかもしれない。
ただし、これを成長というのではなく、
むしろ、心の衰えなのではないかと思う。

そしてこの前読んでリラックスした「凍てついた香り」。
なんだか、モチーフが似ていないか。
「凍て」のほうが、多くの人が死んだりしない分だけ、
安心感はあり、日常により近いのだけど、

こういう心の世界は確かにあるのだろうな。
それを言葉にできるかどうか、の問題であって。

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ノーベル賞作家の見分け方???

凍てついた香り 小川洋子 幻冬舎文庫 初版H13
アフターダーク 村上春樹 講談社文庫 初版H16

「アフターダーク」、内容的にはおもしろかったんだけど、
この人の本は、読んでいて、なんだか心がざわざわする。
私がそういう体調だったのもあるかもしれないけど、
不安感が高まる。だからこそ、ノーベル賞作家なのかもしれない。
でも、できればもっといい気分になりたい。

最近我が家にはこの著者の本がごろごろしている。
昔むかーしに読んだ本も、文庫本に姿を変えて。
パートナーNが、
この人がなぜノーベル賞をもらえたかを解き明かす
とか言って、まとめ買いしてきた。

解き明かしたのは私。
---読むと心がざわざわするから。
だめか。

反対に読んでゆったり穏やかな気持ちになれたのが
小川洋子氏の「凍てついた香り」
この人は結婚して子供を産んでいい人生を歩いているんだなと思う。
最初の頃の作品は、といっても「妊娠カレンダー」しか読んでないのだけど、
読んでやはり心がざわついた。

やはり、ざわついただけじゃノーベル賞は無理か。
論理の破綻。ここにあり。

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フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理
サイモン・シン著 青木薫訳 新潮文庫2006

数論のドキュメンリターなのに
すごく楽しかった。面白かった。
数学者達がどんなことを考えているのか
どんなふうに発想が回転していくのか、
頭の中を見てみたい。
見ても分からないと思うから、逐一説明してもらいたい。
けど、そういうもんでもないのだろうな。

ピタゴラスの定理の証明なら
まだ視覚的にも理解するのは簡単だけど、
 ---絵を描いて説明を受ければ誰でもすぐ分かる
数論のほとんどが絵にもかけない、例にも出せない
理論上の、数式上のできごと。
それを様々に考えることもすごいことながら、
そんな、一見、無理矢理、変形していっているようにも見える
式や理論を使って、化学や物理、医療やらロケットやら
現実の技術革新に貢献していることが
不思議というか感嘆、すごい。

人間は、人間の脳は、本当に、可能性に満ちているのだね。
自分の脳も何かあるはずだ、が、
どうやって起こしたらいいのかが分からない。

私も数学は好きだったけど、
それで生きていけるなんて考えられなかった。
それを専攻することすら、無理だと思って文系に進んだけど、
好きかどうかで言えば、経済やビジネスといった
ある意味では、目に見える分野よりも上だったのかもしれない。

過ぎてみれば何とでも言えるのだけどね。

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λに歯がない 森博嗣

絵画を貼り付けてみました。
絵が欲しいなと思いつつも、
選ぶセンスなく、ちゃんとしたものを買う資金力もなく、
こういうサイトはいい試みだと思ってはいたけれど、
もうひとつ気に入ったのがなくて・・・
そのうち、これってのが出てきたら
こづかいで買ってみてもいいかもな。
ブラウザの更新ボタンで、どんどん違う絵が表示されるよ。

さて、表題の本、数学の本と勘違いして買ったのだ。
でも推理小説もたまにはいいかと思って読んだんだが、
そんなに話題の本なの?
身近な人が死ぬということについての
哲学的な部分はちょっと評価できるけど、
内容的には3分の1にしてもいいくらい、冗長。
λの使い方があまりにこじつけ。

残念。

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元放浪生活あこがれ少女

妊娠カレンダー 小川洋子 文藝春秋
サバンナの話をしよう~獣医・俊平のアフリカ日記
   神戸俊平 時事通信社

小川洋子さんは話題の「博士の愛した数式」の著者。
この本は私も好きなので、他の作品を読もうと図書館で借りた。
ちょっともの足りない。

サバンナのほうは、久しぶりの分野。
こういう世界にずっとあこがれていた。
だけで、一人旅は国内どまり。
海外も1回あるが、どうしてもという親の希望を言い訳にして、
ツアーに入った。

雲を見て天気を知るような、森で迷っても
ウサギくらいは食料にできるような
そんな生活力をつけたかったが、
結局、川魚さえ、ろくに釣れない。
基本的に野生を失った方に属する人種なのだ。
こうしてPCを生活の糧にしているそういう人種なのだ。

象牙=象の牙
それはわかっているが、
奈良に育った私は、)ずいぶん大きくなるまで
鹿の角のようなイメージを持っていた。
つまり殺さなければ取れないという意識はなかった。
奈良に育った人がみなそう思うわけないのだし、
よく考えてみなくても、ニョキニョキ生えてくる鹿の角と同じわけはない。
よく考えてもみなかったのだ。

その結果、私の就職祝いの印鑑は象牙。
そして、今春実家から持ってきた私のピアノ、
30年くらい放ってあったからすごく黄ばんだ鍵盤が、これも象牙。
もちろん自分が選んだのではなく、母や祖父母からのプレゼントだったのだが、
私自身、否定 的には見なかった。

そのピアノ、音が狂うけど、修理すると数十万かかるから
コンクールでも受けるなら買い換えたほうがいいそうな。

だけど、大きな犠牲の上で、入手したこのピアノ。
捨ててしまうわけには行かない・・・
鍵盤のためにどのくらいの像が悲しい涙を流したことか。
像は涙を流すのだ。

レッスンを初めて1年になる娘には、
コンクールなど目指さずに、十分に楽しんでもらおう。
言わなくても目指したりしないと思うけど。

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宮沢賢治と言葉遣い

ポラーノの広場 宮沢賢治 新潮文庫

子供の夏休みの本を探しに図書館へ行ったとき、
本はよく読む子供だったけど、
宮沢賢治って絵本みたいなものしか読んだことないことに
いまさらながら気付いたら、
子供に「銀河鉄道の夜」の絵本を借りていた。
数日後に自分は本屋で文庫本を買った。

子供のお迎えまで時間のない中、
本屋の書架をざらっと見て、一冊手に取り、
絵本と比較すると面白いなと
目次に「銀河鉄道の夜」があるのを確認してレジへダッシュ。

さて、読み始めて、おや?おや?おや? 
やけに「○文字空白」とか「原稿用紙○枚焼失」とか記入がある。
ちゃんと読んだことがなかったから、
宮沢賢治って本を完成させて出版したわけじゃないんだ・・・
なんて頭にクエスチョンマークをひらひらさせながら読み進む。

ふと、解説を読んでおこうと思いついて巻末へ。
私が買った本は、本になった最終原稿の前の、
あるいは物語の下敷きになった原稿を書籍化したものだった。
「風の又三郎」は「風野又三郎」だ。風野君だ。

郊外都市の駅ビルの本屋に、そんな貴重っぽいものが
普通に置いてあるとは驚き。
それだけ宮沢賢治の研究が進んでいるということなのだろうな。

本稿はどうなっているのか気になり始めた。
内容もさることながら、言葉遣い。
"れ抜き言葉"なんて結構出てくるし、
文法的にはねじれた文章も結構ある。
それでも駄文ではないと思うのは、
作者が誰なのか知っているから・・・というだけではないと思う。

文法なんてずいぶん最近になってまとめられたもので、
子供や外国人に教えるぶんにはずいぶん役立ったろうけど、
あれが唯一の正解ではないのだなぁと、この本を読んでいて改めて思う。

私も、こうやって書いたものでなく、
私も嬉しい!
という勢いに任せて書きなぐった文章を
(お祝いの手紙だったのが自分でもこわい)
受け取った友人が、
すごく面白い
最近読んだ本のどれよりも楽しめた
才能があるんじゃない!
などとほめてくれたことを思い出す。(皮肉だったかも)

宮沢賢治と一緒にするな。
わかっております。

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川上弘美 亀が鳴く

溺れる  川上弘美 文藝春秋

私はだらだらしている。
外では活発であったけれども、
そういえば昔からプライベートはだらだらした人だった。

一日だって、実はボサーとしてられる。
非常にもったいないと言う思いに攻め立てられなから
必死に動くのだが、心の中では実はずーっとボサッとしていたい。

動物占いで「コアラ」と出て、へーって感じだったが、
じつは当たっている。
「ナマケモノ」と出ないでよかった。

宗教の人は勤勉だなあと思う。
宗教かかってなくても勤勉な人はもちろんいるけれど、
宗教の人は素直に勤勉に立ち働くように思う。
もちろん宗教の人の中にもだらだらした人もいるだろうけど、
そういう人は、それほど宗教を必要としていないようにも思う。

亀が鳴くの主人公ほど自分は時間を無駄にしていないと思って読んだけど、
彼女は若くて家族も子供もなく、あれはあれでよい。
今はそうはいかない私でもある。
そうはいかない中で、何とかボサッとしているので、
いろいろなことが、詰まり押し詰まり、
結果的に自分を追い詰めるのである。
馬鹿だからだと思ったが、
ぼさっとするのは私の生まれながらの役割なのかもしれない。

とか、言ったら家人に後ろからひっぱたかれるであろう。

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話題の本

話題の本はブームが一段落してから読もうというのが私のスタイル。
といっていると、すっかり何を読もうと思っていたのか忘れてしまうのだけど。
で、海辺のカフカ。不思議な世界だね。だけど、ファンタジーじゃないんだね。
でも、時々ファンタジックになるんだね。

心の世界とか目には見えない世界とか
そういうものはあると思うし、
私にはまだそこに行く資格はないようだけど、
そこに行く資格のある人がきっといるのだと思うから、
こういう世界は私にとっとはファンタジー的でなしに興味深い。

ブームに乗って読んでしまったのが
ダ・ヴィンチ・コード。
キリストについてなんて、学校やら近所の教会やらでは、
通り一編の話しか聞かなかったから、
こんな諸説が出ていたなんて多くの人が知らないよね。
どんな高尚な考えだって何だって、組織になると
その時点でだめになるというものだと思う。
組織をうまく回していく、組織の中枢の人間の意図の実現が
最重要課題になるのは、どんな世界でも同じ。宗教でも同じ。
もうちょっと深く読みたい。
ミーハーみたいだけど、ルーブルにも行ってみたい。
ロスリン礼拝堂にはもっと行ってみたい。
映画は娯楽として楽しめばいいかな。

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光とゼラチンとライプチッヒ

光とゼラチンとライプチッヒ
多和田葉子

新聞のコラムでこの人の文章を読んでいて、ドイツ語の翻訳をやっているというこの人の著作を手に取った。
まじめな、堅物な印象は、ドイツ語の翻訳家ということで、私が勝手につくり上げたものであり、
この本だけ読む限り、高校時代の同人誌を作っていたグループの人たちを思い出した。
     別の意味でまじめで堅物ではあるが。

高校生程度の文章だといっているのではなく、
若い文章書きの人たちと同じにおいがした。

ひらがなばかりの文章だけは勘弁。読めません。

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心身症にならない性格?

椅子がこわい 私の腰痛放浪記 夏樹静子

世間の書評などでだいたいの内容は知っていたけれど、おもしろかった。心の動きがからだにどれだけ影響するのか、しかも自覚とはまったく無縁なところで。本人は自分は明るくてけして心身症などにはならないと信じていたようだけど、自他共に認める明るい人というのは、かえって心の病になりやすいのでは。私のように一見明るいけれど、悪く悪く考えて暗く暗く自分を落とし込み、気分を勝手に害し、鬱々とするけれども、そこから自分の意思で(時間の問題かも)帰ってくることのできる人は、まず絶対に心身症にはならないと思う。なにごとも悪いことだけではないね。まったくはた迷惑な自分でも自己嫌悪してしまうような性格が、かえって精神を健全に保つのに役立っているのだから。母は言った。「○○(弟)はデリケートだけど、あんたはバリケードだ。」

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下流社会

三浦展氏の下流社会、ようやく読む。
一億層中流社会、実際に、自分が中流だと思う人が6割いた時代から、一部の上流と下流に二極分化する時代へ。
私はどうなんだろうか。どちらかといえば下流だな。若いころは上流を目指していたかも。実態は下流なのだ。

仕事で老舗百貨店に行く。
中枢に近い部署にいる40代の女性の身なりはいつもきちんとしていておしゃれだ。いいものを着ている、といつも思う。
衿元にゆれるネックレスはどこのブランドのものなのだろう。今日はダイヤのネックレスだった。大きいのだけどいやみじゃないのは、それらがとても華奢で上品にできているから。
こういうものはけして街場の宝石売り場にはない。間違ってもサティには置いていない。

プライベートなことは知らないが、生活観は感じさせないから、たとえ子供がいたとしてもスマートなシングルと言っていいのだろう。それだけ自分に投資できるのだから。
ここに来ると、そうありたいと思う自分に気がつく。
これは上流志向。

一方で、だらだらしたファッションもすきなのだ。
だらければどこまでもだらけるタイプでもある。
容姿や女らしさで勝負することは、恥ずべきことだと思っていたし、
  今になって思えば、誇れるうちに勝負しておけばよかったとも思う。。。
自分の力だけで生きたいと思っていた。
だから、私がいまの時代の若者なら、三浦氏の言う、「かまやつ女」なのだろうと思う。

どちらかといえば、今だって後者に近い。
仕事をしているときは、それなり繕っているが、
私の本質は「ミリオネーゼ」ではなく「かまやつ女」なのだろう。
ミリオネーゼ系で生きる、それだけの力を発揮できなかったのだ。

「ただし、生存競争に敗れた人たちが、その後、ベストを尽くして夢を追ったことへの満足感を得ながら、何らかの定職について、下流ながらも楽しく安定した生活を営むことができるか、あるいは、山田昌弘が懸念するように、夢破れたことの敗北感にさいなまれながら無気力に生きるしかない本当の下層として社会の底辺に固まってしまうか。それが今後の日本の大きな問題であろう。」(「下流社会」より抜粋)

ベストを尽くして夢を追ったことへの満足感
 夢はある程度極めなくては満足感など得られないよ、きっと。
夢破れたことの敗北感にさいなまれながら
 程度の差こそあれ、これだよ。
 でも、いまは子育てやら家事やら仕事やら忙しいから無気力なんて言葉とは無縁。
 ただし、最近ふと思う。
 子が育って、仕事が一段落したら、自分に何が残るのか。
 よく聞く話題だけれど、自分のこととして考えたのは初めてだった。
 趣味なんてものはほとんどないし、
 何かしようとすれば、お金がかかる。下流層は何もできなくて無気力になる。
 うー、そうならないために、よーく考えて行動しなければ。

そして郊外といわれる町に住む私たち。
子供たちはこの街で固まってしまうのか。
自分の足と羽で外の世界へ羽ばたいていけるのか。
大工にでもなれればよい。手に職、手に職、と思っていたけれど、
 -もちろんこだわりの大工になれれば、それは最高だと思う。
自分の世界を自分で広げていける人になってほしい。
学問は、そのために必要だと思ってしまう。
だから、あの、加熱しすぎた受験競争が正しいとは決して思わないのだけれど。

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「職人力」

「職人力」小関智弘著 講談社

「旋盤工、作家」で、いまは「元旋盤工、作家」の小関さん。
もう15,6年前だろうか。仕事で1,2度お会いした。
ずいぶん年配と感じたけれど、
当時、まだ60に達したばかり。旋盤の仕事は、ぼちぼち続けていて、
自分は作家というよりも、旋盤工である、
旋盤工としてものを書いているのである、だから
「作家、旋盤工」ではなく、「旋盤工・作家」であるとおっしゃっていた。
立ち位置が明確だった。

工場にもお邪魔し、パンプスの裏にたくさんのキリコを突き刺して
話を聞いた。機械工場は知っていたが、その一つ一つの工程まで
じっくり見たのは初めてだった。

私の住んでいた武蔵野の入り口にあたる住宅地にも
町ごとに、とはいえないまでも
ところどころに鉄くずを集めて何か知らしている作業場があった。
何十年もその前を行き来しながら、
そこで何がなされているのか知らずに来た私だったが、
最初の就職が機械メーカだったこともあり、
その後、いろいろな生産工場に足を踏み入れることになった。

そもそも機械メーカに就職を決めたこと自体、
モノづくりということに淡い憧れがあったから。
サラリーマン家庭に育ち、ものづくりの現場をほとんど知らない
ここ数十年大量生産されてきた人間の一人として、
無意識に何か欠けているような気がしてたのかもしれない。

とはいえ、わたしは職人になったわけでなく、
普通に就職して、ちょっとばかり現場というものに触れただけで、
あいからわず、実体のない世界を生きている。
もちろん、子供とか、生活とか、それはまさに実態があるのだけれど、
仕事はというと、ほとんど実体のない、上辺だけの活動のような
気がしてならない。
ときどき、こうして小関さんの著書を読む。
そしてわずかに知る現場に思いを馳せる。

わたしは職人になればよかった。
熟練して、自分はこれができるんだという自信を持ちたかった。
何度もそんな誘惑に駆られたけれど、
不器用な自分を知っていたから、そんな行動は取れなかった。

「熟練技能が単なる手技ではなく、問題解決能力だ」
その通り。そしてその言葉は裏返せば、こういうことにもなる。
職人にならずとも、問題解決能力が高ければ、
他の分野でも自分に自信が持てる実績が残せるはずだ。

そして、私自身について言えば、
高い問題解決能力が身につかなかった。
・・・持っていなかったのかもしれないけれど、
鍛え方がわからなかったと言っておきたい・・・
だから
職人にならないでよかった、
のかもしれない。

やめた。愚痴を言っても始まらないし、人生後戻りはできないし、
やりたいことがあれば、今からでも遅くはない。
そして、今ある人生が、最良の選択肢。
今でもそう思っている。

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ありえないジグソーパズル

「庭の桜、隣の犬」 角田光代 講談社2004

主人公のだんなが下宿を借りる街は中野。
借りなかったほかのアパートも、中央線の中野から西荻あたりに分布している。
著者はこの辺に住んでいたんだな。確か。
私にとっても、とっても身近な、とっても詳しく知っている地域だから、
それぞれのアパートがどんなところにあり、どんな雰囲気なのかを
具体的なイメージをもって読める。

なんか不思議だ。
心の中を文章で表す、しかもわかりやすく表すことなど
うまくできない私なのだけど、
この人の書くものを読んでいると、
自分で書いているような気になることがある。
共通の土地勘をもっているということだけではないと思う。

世の中には、自分に似ているなと思う人が時々いる。
顔かたちが似ているわけではなく、
性格もずいぶん違うのだけど、
その違いというのは、
私のある部分をとりはずして、
その部分に別のパーツをはめ込んだような感じ。
パーツとしてはぜんぜん性質が違うのだけど、
ぴったり収まってしまう。
カタチが一緒なのだ。
ジグゾーパズルではありえない収まり方。
そう感じるのも自分だけかもしれないけど、
そんな感じをこの著者の角田さんにも感じる。
会ったこともないのにね。

本の主人公、房子もその夫の宗二も
私とは正反対のシラーっと生きる人たちで、
私は、
"何だろ、この人たち"という反感を持ちながらも、
私にはない冷静なところがうらやましく、
それでいて、ひどく納得してしまう、
共通する感じ方という部分を、特に房子はもっている。

たとえば、自分が演技をしているように感じることがある、という部分。
重大な大変な事態に遭遇して、涙を流してしまうとき、
怒り狂ってわめき散らすとき、
心の奥のほうで、冷静に自分を見ている自分がいる。
芝居がかった、ありがちの展開を。
見ているだけで、とめてくれないんだ、こいつが。
本当の私はそっちかもしれない、、、と思いながら、
おしゃべりで興奮しやすく、感情的な私が
外から見れば、この世の中に存在しているという不思議。

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最近よく本を読む

なまくら 吉橋通夫 講談社YA
パラサイト・イヴ 瀬名秀明 角川書店

吉橋通夫の別の本を読みたかったのだけど、なかったのでこれを借りてみた。
YAってのはなんだか知らなかった。
ヤングアダルト!なんていう分類が書籍にあるというのは、まったくの初耳。
中学生くらいが読むのかな。
まあたまには普段読まないような本を読むのもいいのかもしれない。

パラサイトもずいぶん、前映画になる前に読もうと思っていたのに、
結局今頃読む。
思ったほど怖くも面白くもなかった。歳をとったのかしら・・・
リングとか読んだときは結構ビビッタものだったけど。

ワシントンハイツの旋風 山本一力 講談社
山本一力ってひとは一時期テレビでよく紹介されていたけど、
本は読んだことなかった、という理由で呼んでみた。
ふうん。
この手の小説って、何がよいのかよくわからない。
別に悪くはないけれど、自分に書けといわれればかけないけれど、
この人のこれまでの経験が書かせている、ような気がする。
それは貴重なことで、この人にしかできないことなのだから、
すばらしいのだけど、読んで特別感動するとか、感心するとか、
記憶に残るとか、そういう類の本では、なかったみたい。
私にとっては。

読み散らかしてる。。。。

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猛スピードで・・・今ごろ読みました

猛スピードで母は
長嶋有著
文藝春秋社
芥川賞受賞作
「サイドカーに犬」文學界新人賞

なーるほど。
文学的にはこういうのが評価されるのかぁ。

サイドカーの主人公の女の子のボケ具合は
おとなは書けないかもなって思った。
書けても、本当ぽくならない。

たまたま父の愛人が(という認識もなかったようだが)
不思議な魅力があったというか、母との違いが新鮮だったと言うか。
とても素直な子供。状況を受け入れてる。
もちろん繊細な子供もいるだろうけど、
受け入れて受け流していく、そんな子供、
わかる気がする。
もうおとなだけからわかってないかもしれないけど。

「猛スピード」もそうなんだけど、
ありがちな話だと思った。
子供の目で子供が書いたから評価されたのか。

「そうか、子供はこんなふうに思うのか」なんて所は
とくになく、おとなが書いたらもっと感動を狙うと言うか、
だから本当っぽくならないのかもしれない。

「サイドカー」のほうの最後で、両親の離婚後、
母はやたら怒らなくなったような記述があったけど、
この部分だけ、やけにおとなが書いたようだ。

ごめん。あの時はイライラしてたの。

そんな言い訳したいおとなはたくさんいる。
だけど、子供に対してイライラする人は、
どんな状況だってイライラするのだ。
離婚後どれだけ恵まれてたかわからないけど、
仕事や将来の不安や、ぐれた弟のことで、
母は大変だったはずなのだ。
だからこそ、母のそれまでの苦労の度合いがわかるでしょ、
と言われているみたいで、やけに技巧的じゃないか、
と感じてしまったわけ。

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西荻窪キネマ銀光座

西荻窪キネマ銀光座
角田光代
三好 銀
実業之日本社03年

角田光代という人の新聞に連載されたエッセイの中で、
自分の中の何かを説明してくれたような文章を見つけて以来、
著書を読まねばと思いつつ、コレでようやく2冊目。
最近賞をとったという著書もそのうち。

そのエッセイを読んだとき、きっと私に似ている人だと思った。
何かの勘違いで、年齢も同じだと思った。
その後いろいろな情報を得て、年齢は私よりも片手ほど若いことを知る。、

西荻窪、高校時代によく通った街、
私が長らく住んでいた街から二駅。
それもあって、銀光座らしき映画館は知らないけれど、
手にとったこの本をで、
生き方もタイプも、それほど似てはいないということを知った。
それはそうだ。作家になるような人だ。
モノの感じ方が私のように鈍いはずはない・・・

それでも、さすがなのだ。
私が自分でもよくわからなかった私自身の感想を
みごとに文章化している部分があった。
ダンシング イン ザ ダーク
あの幻想的でおぞましい映画だ。
なのに、なんだか最後まで見てしまい、
嫌なことばかりなんだけど、惹かれるものがある・・・
惹かれるのは音楽やリズムだということだけには
行き着いたのだけど、
だから何であんな趣味の悪い映画を、
と聞かれても答えられなかった。
さすが、文筆業の人は違う。
それ以前に、生き方も感じ方も違っても、
どこかやはり同じ感覚の部分があるのだということを
確認し、私はなぜか、安心したのだった。
ご本人にとってははた迷惑な話としても。

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ちびくろさんぼ

赤い表紙の中で、黄色のトラが駆け巡る。
私たちの世代なら、知らないものはいないほど
有名でもあり、子供たちはだいすきだったえほん。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4916016556/
qid=1119368383/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/
250-4511648-6486629

発刊禁止になり、そしてそれが解除になり
amazonで買ってしまった。
発刊禁止の理由は聞いている。
悲しい理由だ。
私たちは、ただ、だいすきだっただけなのに。
それもこちらの勝手な思い。。。

では、どうして解禁になったのか。
その背景は?納得してもらえたのか?
調べればすぐわかることだろうけど、
今のところまだ私は知らない。
喜んで子供に見せた。
えほんなのだけど、3年生の息子はとても面白がってくれた。
でしょ、でしょ、でしょ!!

反面、これもあの人たちを傷つける行為なのか。
と、寂しくなった。

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